競技中のアスリートの心・身体・脳の状態を解析する:柏野 牧夫(NTT コミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー)
スポーツに熟達するには、単に身体(筋力やフォームなど)を鍛えれば事足りるものではない。試合の重大な局面で持てる技能を最大限発揮するためには、心身の状態を最適化する必要がある。また、とりわけインタラクティブな競技では、ボールの動きや相手の挙動、周囲の状況といった刻々と変化する外界のイベントを正確に把握し、それに応じてタイミングよく精密に自己の動作を制御する技能が求められる。この基盤となる身体と脳のメカニズムを解明すれば、アスリートのトレーニングはもちろん、一般人のウェルビーイングにも役立つと期待される。
ここで重要なのは、アスリートの心身調節や身体技能は、その大半が当人の自覚できない脳の機能、すなわち「潜在脳機能」によって支えられているということである。我々は、実際の試合やそれに近いリアルな状況において、アスリートの動作や生体情報を計測し、置かれた状況を勘案しながら定量的に解析するというアプローチをとっている。さまざまな競技のトップアスリートを対象とした研究をいくつか紹介する。
講師
柏野 牧夫 先生
NTT コミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー
日時
2024年10月07日(月)13:00~17:30(12:40より受付開始)第2部 14:20~15:30
当日の全体スケジュールはこちらをご覧ください。
場所
オンライン開催(Zoom)
お問い合せ先
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講師紹介
柏野 牧夫 (かしの まきお)先生
現職
- NTT コミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー
経歴
1964年 岡山県生まれ。
1987年 東京大学卒業、1989年同大学院修士課程修了。2000年博士(心理学)。
1989年 日本電信電話株式会社に入社、NTT コミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部長(2010-16)、上席特別研究員(2010-18)、柏野多様脳特別研究室長(2019-24)。
2018年 NTTフェロー。
Wisconsin大学客員研究員(1992-93)、東京工業大学連携教授・特任教授・特定教授(2006-21)、東京大学客員教授(2020-24)、科学技術振興機構(JST) CREST研究代表者(2009-15)等を歴任。
日本学術会議連携会員、脳の世紀推進会議正会員。2016年文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。
研究概要
専門は心理物理学・認知神経科学。特に聴知覚、多感覚相互作用、感覚運動相互作用、コミュニケーションなどについて、無自覚のうちに柔軟で巧妙な情報処理を実現する機能的・神経的メカニズムの解明に従事。近年は、発達障害者、アスリート、ミュージシャンなどにも研究対象を広げ、脳・身体・環境の動的相互作用の観点から認知の多様性と可塑性を研究するとともに、得られた知見を実問題の解決に役立てることを試みている。
主な業績
原著論文
- Fujisaki, W., Shimojo, S., Kashino, M., Nishida, S.: Recalibration of audio-visual simultaneity. Nature Neuroscience 7(7): 773-778, 2004.
- Kondo, H.M., Kashino, M.: Involvement of the thalamocortical loop in the spontaneous switching of percepts in auditory streaming. The Journal of Neuroscience 29(40): 12695-12701, 2009.
- Kashino, M., Kondo, H.M.: Functional brain networks underlying perceptual switching: auditory streaming and verbal transformations. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 367(1591): 977-987, 2012.
- Kondo, H.M., Pressnitzer, D., Toshima, I., Kashino, M.: Effects of self-motion on auditory scene analysis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 109(17): 6775-6780, 2012.
- Lin, I.F., Shirama, A., Kato, N., Kashino, M.: The singular nature of auditory and visual scene analysis in autism. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences 372(1714): 20160115, 2017.
- Ooishi, Y., Mukai, H., Watanabe, K., Kawato, S., Kashino, M.: Increase in salivary oxytocin and decrease in salivary cortisol after listening to relaxing slow-tempo and exciting fast-tempo music. PLOS ONE 12(12): e0189075, 2017.
- Kishita, Y., Ueda, H., Kashino, M.: Eye and head movements of elite baseball players in real batting. Frontiers in Sports and Active Living 2: 3, 2020.
- Nishizono, R., Saijo, N., Kashino, M.: Highly reproducible eyeblink timing during formula car driving. iScience 26(6): 106803, 2023.
- Minami, S., Watanabe, K., Saijo, N., Kashino, M.: Neural oscillation amplitude in the frontal cortex predicts esport results. iScience 26(6): 106845, 2023.
- Minami, S., Haruki, K., Watanabe, K., Saijo, N., Kashino, M.: Prediction of esports competition outcomes using EEG data from expert players. Computers in Human Behavior 160: 108351, 2024.
書籍
- 柏野 牧夫: 音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~. 岩波科学ライブラリー168, 岩波書店, 2010.
- 柏野 牧夫: 空耳の科学―だまされる耳、聞き分ける脳. ヤマハミュージックメディア, 2012.