脳の大規模ネットワークと知能情報処理の階層:渡邉 慶(大阪大学 大学院生命機能研究科 助教)
私たちは,朝起きてから夜寝るまでの間に,食事,通勤,仕事,友人との交流など,さまざまな活動を行います.これらの場面で、どのように振る舞うかを決めるのは自分であり,それらが脳によってプログラムされていることに,議論の余地はありません.このような知的情報処理(認知的制御, cognitive control)は,脳のどのような働きによって実現されるのでしょうか?このように,脳のどの領域が知的情報処理の司令塔としてはたらいているのか,あるいは,そもそも司令塔が存在するのかという問題は,脳研究の中心テーマのひとつとして長年議論されてきました.最近,前頭連合野と呼ばれる領域に,(1)知能的情報処理の基盤となる,選択的注意,短期記憶,ルール理解,情報の更新,モニタリング,抑制などの要素機能を担う領域があること;(2)この領域とは別の場所に,要素機能のはたらきを調整し,さらに複雑で抽象的な情報処理を担う最高次のシステムが存在すること,が明らかになってきました.本講義では,まず,近年明らかになってきた階層的な知的情報処理の仕組みについて解説します.
前頭葉の階層的情報処理メカニズムが明らかになってきた一方で,2000年代に入ると,fMRI,脳波,脳磁図による全脳活動のデータ解析の進展により,脳の情報処理は個々の領域の独立した動作だけで実現されているのではなく,(1)複数の異なる脳領域間の機能的結合が不可欠の関与をすること;(2)これら機能的結合のまとまりが全脳レベルの大規模ネットワーク(large-scale brain network)を形成し,このようなネットワークが脳内に複数存在することが明らかになりつつあります.以下の5つが代表的なネットワークとして広く受け入れられています.(1)前頭—頭頂実行系ネットワーク,(2)背側注意ネットワーク,(3)腹側注意ネットワーク,(4)デフォルトモードネットワーク,(5)顕著性ネットワーク.本講義では,これらのネットワークの概要について解説し,脳の大規模ネットワークの研究が私達の脳の理解に何をもたらすのかについて考察します.
脳における階層的情報処理の存在は,脳のはたらきにおいて局所の機能が重要であることを示唆します(機能局在論).一方,脳の大規模ネットワークの存在は,脳のはたらきにおいて,脳全体の機能的協調が重要であることを示唆します(全体論).本講義の最後に,この一見相反する二つのメカニズムの存在をどのように理解すればよいのかを考察します.
講師
渡邉 慶 先生
大阪大学 大学院生命機能研究科 助教
日時
2021年10月5日(火)13:00~17:30(12:40より受付開始)
※渡邉先生の講義は、14:20~15:30です。
場所
オンライン開催
お問い合せ先
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講師紹介
渡邉 慶(わたなべ けい)先生
現職
- 大阪大学 大学院生命機能研究科 助教
経歴
- 2003年4月 – 2008年3月 京都大学 大学院人間・環境学研究科 共生人間学専攻 博士前・後期課程
- 2008年4月 – 2011年3月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
- 2011年4月 – 2011年12月 京都大学こころの未来研究センター 研修員
- 2012年2月 – 2014年2月 University of Oxford Department of Experimental Psychology 日本学術振興会海外特別研究員
- 2014年3月 – 2015年3月 University of Oxford Department of Experimental Psychology Postdoctoral Researcher
- 2015年4月 – 2018年12月 国立研究開発法人情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター 研究員
- 2019年 – 現在 大阪大学 大学院生命機能研究科 助教
研究概要
ライフサイエンス / 認知脳科学
主な業績
- 前頭連合野における情報処理の階層性. 渡邉慶. Clinical Neuroscience 38(2) 169 – 172 2020年2月 招待有り筆頭著者.
- Focused Representation of Successive Task Episodes in Frontal and Parietal Cortex. Mikiko Kadohisa, Kei Watanabe, Makoto Kusunoki, Mark J Buckley, John Duncan. Cerebral Cortex 30(3) 1779 – 1796 2019年11月 査読有り.
- Toward an understanding of the neural mechanisms underlying dual-task performance: Contribution of comparative approaches using animal models. Kei Watanabe, Shintaro Funahashi. Neuroscience & Biobehavioral Reviews 84 12 – 28 2018年1月 査読有り筆頭著者責任著者.
- A Behavioral Paradigm to Study Rats Dual-Task Performance under Head-Direction and Body-Location Tracking. Kohei Matsuo, Taro Kaiju, Tomoaki Nakazono, Kei Watanabe, Takafumi Suzuki. ELECTRONICS AND COMMUNICATIONS IN JAPAN 100(11) 3 – 14 2017年11月 査読有り.
- Stable and dynamic coding for working memory in primate prefrontal cortex. Eelke Spaak, Kei Watanabe, Shintaro Funahashi, Mark Stokes. Journal of Neuroscience 37(27) 6503 – 6516 2017年7月 査読有り.
- High spatiotemporal ECoG recording of somatosensory evoked potentials with flexible micro-electrode arrays. Taro Kaiju, Keiichi Doi, Masashi Yokota, Kei Watanabe, Masato Inoue, Hiroshi Ando, Kazutaka Takahashi, Fumiaki Yoshida, Masayuki Hirata. Frontiers in neural circuits 11(20) 1 – 13 2017年4月 査読有り.
- Neural mechanisms of dual-task interference and cognitive capacity limitation in the prefrontal cortex. Kei Watanabe, Shintaro Funahasi. Nature neuroscience, 17(4) 601-611 2014年3月 査読有り.